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和算

主に長野より
この度、『和算』の投稿がたまりそうなので、
新規カテゴリを作りました。
『和算』に関するコメントを、お待ちしております!

信州松代 池田定見家から再々の新資料発見。長野市博に寄託された144冊、再発見で約150冊。これで全てかと考えていた。ところが、平成21年5月末日池田家から連絡が入り、ひと葛篭の和算資料を紹介された。和算書約300冊、和算・規矩術関係免許状・秘伝書が約25本である。現在資料調査中です。まとまり次第、和算資料目録第3版に掲載いたします。驚くべきことのひとつに、興津、徳高、中村、中島の免許状が池田定見のもとに集約されていることです。本来なら、各ご子孫のお宅に蔵されていて良いものです。

(情報提供者:信州和算資料目録 編者)

いつも、新しい情報を連絡くださる『編者』さんからの投稿です。
長野県御代田町小田井宿の小林凌雲弘隆は、規矩術家としてもよく知られている人物です。小林家に残る「起請文前書之事」は師藤田助之丞宛の誓約書ですが、これを以てと想像しますが、『蘭学万華鏡』(長野県立歴史館)において、小林凌雲の規矩術の師は藤田定(貞)資と紹介しています。WEB上にも、そのように流れてしまっています。小生の見るところ藤田助之丞=藤田定資という根拠は確認されておらず、藤田助之丞が如何なる人物か不明で困惑をしていました。
このほど史誌『信濃』平成20年12月号に、論文「家相見・測量家としての小林凌雲」(大谷典久)が掲載され、『観相宝来記』を元に小林凌雲の実像を解明しています。是非皆様にもご一読いただきたい論文です。その中で大谷氏は、信濃岩村田藩士に「藤田助之丞」なる人物の記載がある文書「小田井村・・御年貢皆済目録」(享和元年)を指摘しておられます。このことから小林凌雲の規矩術の師である藤田助之丞=岩村田藩士はほぼ間違いが無いと思われます。小林凌雲は球面幾何学も修学(小林家文書)していますので、藤田助之丞の実像解明が一層重要な課題となっています。

編者 2008年12月31日 19:24


訂正:「藤田助之丞は誰か 」において藤田助之丞宛の「起請文前書之事」の差出人は小林凌雲弘隆ではなく、その祖父小林伝兵衛光隆でした、時は寛政5年1月20日。ここに訂正し、皆様にお詫び申し上げます。

編者 2009年1月5日 15:47

実に久々のアップです。


この度電通大の佐藤先生を含めた執筆で、
関流和算書大成―関算四伝書― 【第一期】
が刊行されました。
   東アジア数学史研究会 編  代表 岡本和夫 
                  川原秀城
                  渡辺純成
                  佐藤賢一
                  安 大玉

定 価: 108,150円
刊行日: 2008年2月
出版社:勉誠出版
サイズA4判で三分冊。函入。2292頁の冊子です。

影印を中心にしたものですです。
全四期予定ですが、すでに二期の執筆に入っていると伺いました。

ご興味のある方は、ぜひご覧ください。


著者談:
関孝和没後300年にあわせて、刊行いたしました。
ここにしか載っていない本が、結構あります。

高くてすみません・・・・・。
しかし、仙台に調査に行く旅費を考えれば、概ね東京・仙台間往復二回分の経費で膨大な和算資料がご覧いただけます。
ぜひ、ご研究者の皆様にもご紹介ください。

2007年10月に、飯山市常盤で奉納主が「湖仙羡容」と記され、掛け軸に表装された算額、「算軸」とでもいうべきか、が発見された。和算研究者の間では、もうこれ以上は存在しないだろうと考えられていただけに、大発見であった。詳細は、長野県和算研究会の会報に掲載される予定。

信州和算資料目録編者 2008年1月10日 12:47




信濃毎日新聞1月17日付報道によると、木曽郡上松町臨川寺に文政13(1830)年に奉納され、その後焼失した算額が、蘇南高校と木曽山林・木曽青峰高校の生徒15人により、1月31日の復元奉納に向け、追い込みに入っている・・・。
  2007年の飯山市常盤の「湖仙義容」による算額発見に続き、信州では69面目の現存算額となる。また、県内高校生による算額復元は2007年1月の松代高校生による長野市西楽寺への復元奉納に続き2例目となる。
①木曽谷で唯一知られている貴重な奉納算額の復元②木曽山林高校のインテリア科生徒の参加もあり、和算が学校間連携の一つの試みの対象となったこと。など、評価されるべき内容が多い。

編者 2008年1月17日 09:02

信濃毎日新聞平成19年9月20日号によれば、「上田市信濃国分寺僧寺西門跡から、「七九六十三」と刻まれた文字瓦が出土」。信濃国分寺の創建は770年頃と推定されており、その平瓦は法華寺や西隆寺のものと類似していると言われている。近くの依田古窯跡から依田川、千曲川を利用し運ばれていたらしい。小生も実物を拝見したが、細い棒状のもの(釘?)で刻んである。愚見によれば、文字瓦に刻まれた「九九算」は、山田寺、奥山久米寺のものに続き、全国で三番目に古いものではないか。大変貴重なモノである。

信州和算資料目録編者 2007年9月25日 18:42

最上流和算家池田定見に関する新資料発見、
            松代高校生による算額復元をきっかけに。
従来、長野市立博物館に寄託された資料が全てと考えられていたが、この度、それらに匹敵する件数の和算資料を確認することができた。蔵書を調査の結果、三上義夫氏が「信州の数学」で指摘した天保9年の“最上流免許状”」より早く、文政10年既に「最上流免許牒 全」が存在することがわかった。この他に長野市博には全くなかった宮城流関係資料もみつかり、池田定見の和算関係事績がより鮮明に浮かびあがってきた。詳細は、機会を改めて。


(信州和算資料目録編者 2007年4月13日 12:36  のコメントより)

「詳細はあらためて・・・」とあったので、続報を期待してコメントを独立させました。
続報があれば、ポイントだけでも教えていただけると嬉しいです。

下記の質問が入っています。
ご存じの方、書き込みお願いします。


今、最上流の野池嘉助の写本『日用算』に書き留められている算額問題の解読中ですが、壁にぶつかっています。どなたか、ご存じでしたらアドバイスをお願いします。
【正五角形の一辺をaとすると、対角線の長さは((√5)+1)÷2×aである。】
これと同様に、正七角形の一辺をaとすると、対角線ACやADが=f(a)と表すことが可能なのか、という質問です。具体的には、x^3-x^2-2x+1=0あるいはx^3-2x^2-x+1=0が近似解でなく求めることができるのか、ということになると思います。ただし、三角関数を使わないで解くことが前提です。近似解(天元術利用)ではAD=2.2469796037・・・×aとなります。術文の中に√2407 という数が出てきています。
編者 2006年10月18日 12:34


編者様 その算額の奉納者は3次方程式の解の公式を使っていた可能性もありますね。でもその術文の中に3乗根を含む式は出てくるのですか?
北澤喜四郎 2006年10月18日 12:59


早速ありがとうございます。
術文には、平方根およびそれらの式の平方根しか出てきません。
この問題に拘りを持つのは、実はこの内容は、明治23年に宮城流の森山重吉ともう一人が奉納したと記されているものです。非現存算額となりますが、信州和算研究史に知られていない算額なのです。
編者 2006年10月18日 13:38

『規矩術傳来系図并入門束修式』等より調査・判明

木島平水穂神社に奉納された測量額は、「桐澤流規矩術」とあり、須坂墨坂の浦野五左衛門、そして江戸の武藤忠治まで師伝を辿ることができましたが、その先が不明でした。
ところが、驚くべき事に、武藤(江戸神田)から桐澤荷陸(佐竹藩)そして、成田退蔵、成田祐八郎、相澤與五左衛門、そしてなんと清水太右衛門まで系図が繋がっていたのです!
従来、信州においては、桐澤流規矩術と清水流規矩術、木辺流規矩術(松代藩、佐藤賢一先生ご報告)との連関が全く不明でした。ここに桐澤流は清水流の一派であると判明しました。

『牟礼村誌』を再読していましたら、上巻の口絵写真(気づかなかった・・・)に、文化13年(1816)「小玉村絵図」(絵図書主 早川富八)が掲載されていました。当然といえば当然ですが、例の文政11年(1828)「小玉村分検絵図」(計人 川口儀右衛門)とそっくり。川口さんもこの絵図の存在は知っていたのだろうな。いや、これと、伊能忠敬測量隊通過が相まって、小玉村の名主たちから測量図作成の依頼があったのでは・・・(根拠なしの推測です)。どなたか早川富八さんという絵図の書き主をご存じないでしょうか?

[信州和算資料目録 編者 2006年3月1日 08:16]より

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Nyu~i
平成17年10月21日から四日間に渡り開催された長野での第7回国際シンポジウムは、無事に終了しました。しかし、「江戸のモノづくり」はまだ続きます。
今後も、情報発信の場として、当ブログは継続致します。
とはいえ、そんなに度々シンポジウムがあるわけではありません。個人的なエントリーもありますが、お暇ならそちらも読んでやってください。
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